忍者ブログ
トミーアイのブログ
[14]  [13]  [12]  [11]  [10]  [9]  [8]  [7
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

メガネスーパーに勤務していた当時、仕事上「公正取引委員会」や「東京地裁」「外務省」などへ出掛ける機会が頻繁にありました。内容はお話しできませんが、心身ともに大変に疲れる業務でした。クタクタになった頭と気持ちを癒すため、ほんの1時間程度、神保町の古書の山に潜り込みます。特に決まったジャンルはありませんので、その時々の気分でお店も変えていました。店は変わっても、あの古書の臭いと知的欲求を満たしてくれる背表紙の活字が、私の傷付いた脳を完全に修復してくれるのです。

その日も、某掲示板の書き込みをめぐる名誉毀損賠償請求の裁判(私が原告)があり、東京高裁に出向いておりました。一審では私の勝訴判決があったのに、高裁の感触は最悪でした。主張が通らない悔しさを胸に古書街をうろついていた時のことです。某書店の軒下の台から重そうな本が音を立てて落っこちました。それが筑摩書房・古典日本文学全集18巻「宇治拾遺物語 御伽草子」でした。訳に円地文子先生、谷崎潤一郎先生の名が記されています。何よりも200円と言う価格に魅かれて購入しましたが、実は1年以上開くことをしませんでした。

本箱を整理していましたら棚の奥で不貞腐れている「宇治拾遺物語 御伽草子」を見出しました。椅子に戻り、徐に橙色の本を取り出した瞬間、黄ばんだ箱からセピア色のキャビネ版の写真が1枚落ちました。

中学1年生くらいでしょうか、坊主頭・学童服の少年が61人。三つ揃いの背広にまん丸のセルフレームのメガネを掛けた男先生が一人が写ったモノクロの集合写真です。

「あれ?私の写真がなぜここに…」訝りながら丁寧に見直します。50年の時間を隔てていますが、これは沢木君、古木君、河合君、鈴木君と次々に同級生の名が出てきます。

しかし、先生に見覚えがありませんし、男子だけのクラスもありませんでした。後ろの校舎には暖房用の煙突らしきものもあります。だいたい、私が居ない!

一体、この写真は誰のものでしょう。所有者を捜す術もありません。

それにしても、心当たりがある顔が幾つも見えるのは何でしょうか。昭和15年から22年頃にお生まれの方に是非ご覧頂きたい写真です。




PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新CM
最新TB
プロフィール
HN:
トミー
年齢:
80
性別:
男性
誕生日:
1943/09/20
職業:
専用車でのメガネ訪問販売業
趣味:
写真
自己紹介:
訪問眼鏡 トミー・アイの代表 富永 巽です。
富永の姓の愛称「トミー」に、眼「EYE =アイ」を組み合わせて“トミー・アイ”と命名しました。創業は2005年の6月1日です。
メガネ店…と申しましても固定した店舗はありません。メガネ店に必要な機械器具と商品をコンパクトにまとめ、専用車に搭載して有名企業様、官公署様、老人介護施設様などを定期訪問して、メガネのメンテナンスと視力測定、展示販売などを行なっています。
白いボディに紺のラインのハイルーフ・キャラバンがトミー・アイのお店です。
私は、地方のデパートのメガネ売り場でメガネの基礎を学び、上京して修行。1978年にメガネスーパーへ入社し、仕入れ・宣伝・総務・お客様センター・法務などを担当しました。平成初期の「メガネスーパー・プロレスSWS」の初代代表でもありました。
定年を越して総務部長を務めておりましたが、体調を崩してリタイア。復調を待って開業しました。人生の殆どをメガネ業界で過ごした「メガネバカ」なのです。
宜しくお願い致します。
写真は下手の横好きです。オリンパスE300で撮った花・鳥・その他で計2万枚近くありますが、傑作は…今のところありません。頑張ります。
バーコード
ブログ内検索
P R
忍者ブログ [PR]